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弓道具を知る
2025.12.09
ループ弦の使用についてのご注意― 和弓との構造的相違と文化的観点から ―
近年、一部で「ループ弦」と呼ばれる弦の使用が広がっています。
これは、弓道の弦とは異なる構造と性質を持ち、矢飛びの良さや弦本体の強度を兼ね備えていることが特徴です。
然し乍ら、この弦はもともと洋弓(リカーブ・コンパウンド等)用に設計された構造であり、和弓との構造的相性を考えると、逆に以下のような問題点を引き起こすことがあります。
構造上、和弓に不適である理由
① 「切れにくさ」による負荷の集中と構造特性の違い
従来、和弓の破損防止策として、過剰な力が加わった際には「弦が先に切れることで弓本体を守る」という考えがあります。実際に、弓師が新弓を張り込む際、伸縮性があり、過大な荷重がかかると切れる特別な「張込弦」を用います。
これは、張り込み中に大きく変形する弓の負荷を弦に逃がし、弦が切れ、敢えて弓を飛ばすことで弓本体の破損を防ぐ昔からの破損対策のひとつです。ループ弦は高強度かつ低伸縮の合成繊維製で「切れにくさ」を重視しています。そのため、過剰な荷重がかかっても弦が切れず、弓本体に負荷が集中しやすくなります。
和弓、特に竹弓は握部分を中心に上下の形状が非対称で、張力や挙動が異なる構造です。
一方で、ループ弦は左右対称かつ中央に力を固定する洋弓の構造を前提としており、和弓の複雑な撓りに対応できず、弓と弦の同調性が失われます。
② 張弦位置の調整困難と応力の偏在
和弓では、その状態に応じて弦輪の位置や長さを毎回調整する必要があります。
しかしループ弦は、弦輪の大きさや形状が調整できず、安定しにくいため、適切に位置を調整するのが困難です。その結果、弭が側面や外縁に偏った力を受けやすく、特に和弓で個体差が大きく繊細な弭には、破損や亀裂のリスクを高めます。
③ 弓本体への衝撃と破損リスクの増加
ループ弦の切れにくさと低伸縮性の組み合わせは、矢飛びの良さなどの評価を得ていますが、和弓本来の撓りや復元力とは相反する力学的ストレスを引き起こす可能性があります。想定以上の衝撃によって、弓本体が反転し破損するリスクが高まります。
これらは数値化しづらく、勘と経験で判断される和弓特有の領域です。実際、数十年前にも類似した構造の弦が市場に出回り、同様破損事例が複数報告されています。ループ弦は、その構造的特徴から当時と同様のリスクを抱えていると考えられます。
このような事情により、ループ弦を使用した場合の破損については、いかなる場合も保証・修理の対象外とさせて頂きます。
文化的視点と弓道具製造者としての立場
ループ弦は「弦輪の調整の必要が無く、誰でも簡単に装着できる」「切れない」といったメリットが多い印象がありますが、その構造上の特性ゆえに、射手が弓や弦の構造や力学的負荷を十分理解せずに使用することが多く、竹弓の破損例も発生しています。
弓は、単に矢を放つ道具ではありません。そこには、自然素材と職人の技、長年の経験と感性、日本人の身体観や精神性が深く息づいています。そして弦もまた、竹弓と一体となるべき重要な構成要素であり、両者の調和があって初めて、本来の性能と美しさが発揮されるものです。
我々は、新技術や新素材を一律に否定するつもりはありません。時代に応じた改良や工夫は必要であり、それが伝統を生かす手段になると考えます。しかし、本来の構造や理(ことわり)に適っていないものを、便利だからという理由だけで取り入れてしまうことは、伝統の本質を見失うことにほかなりません。
たとえば、茶道において茶碗を割れないプラスチック製に変えれば、確かに割れることもなくなり、利便性は上がります。然し乍ら、その瞬間に、手触り・温度・風合・道具との一体感といった、茶道が大切にしてきた「間」や「美意識」が損なわれ、形式だけが残ることになります。
和弓に洋弓用のループ弦を装着することも、これと同じです。構造的・力学的に整合しないだけでなく、和弓の成り立ち、竹弓の繊細な作り、そして弓道に込められた精神や所作との乖離を生み出します。
これらの理由により、ループ弦の特性は和弓本来の構造・精神・使用感と合致せず、慎重な検討が必要です。こうした誤った技術の導入は、決して弓道の発展ではなく、その文化の内側からの劣化、つまり衰退に拍車をかける行為になりかねません。
私たち和弓の製作者としては、弓の寿命と安全性、そして文化的価値の継承のために、竹弓へのループ弦の使用は推奨致しません。これは単に道具の問題ではなく、「弓道とは何か、なぜアーチェリーではなく古来弓道なのか」「弓道とは何を求め、伝えるものか」を考える問いかけでもあります。ご使用の際は、構造的特性をご理解いただき、弓道文化を未来に引き継ぐためにも、慎重なご判断をお願い申し上げます。
・桑幡 正清
都城弓製造業協同組合
・小倉 紫峯
・楠見 蔵吉
・南﨑 寿宝
・横山 黎明
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